歌 61 – 80

No. 61

いにしへの奈良の都の八重桜 けふ九重に匂ひぬるかな
いにしえの ならのみやこの やえざくら きょうここのえに においぬるかな
伊勢大輔
いせのたいふ

No. 62

夜をこめて鳥の空音ははかるとも 世に逢坂の関はゆるさじ
よをこめて とりのそらねは はかるとも よにおうさかの せきはゆるさじ
清少納言
せいしょうなごん

No. 63

今はただ思ひ絶えなむとばかりを 人づてならでいふよしもがな
いまはただ おもいたえなん とばかりを ひとづてならで いうよしもがな
左京大夫道雅
さきょうのだいぶみちまさ

No. 64

朝ぼらけ宇治の川霧たえだえに あらはれわたる瀬々の網代木
あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに あらわれわたる せぜのあじろぎ
権中納言定頼
ごんちゅうなごんさだより

No. 65

恨みわび干さぬ袖だにあるものを 恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ
うらみわび ほさぬそでだに あるものを こいにくちなん なこそおしけれ
相模
さがみ

No. 66

もろともにあはれと思え山桜 花よりほかに知る人もなし
もろともに あわれとおもえ やまざくら はなよりほかに しるひともなし
大僧正行尊
だいそうじょうぎょうそん

No. 67

春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそ惜しけれ
はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かいなくたたん なこそおしけれ
周防内侍
すおうのないし

No. 68

心にもあらで憂き夜に長らへば 恋しかるべき夜半の月かな
こころにも あらでうきよに ながらえば こいしかるべき よわのつきかな
三条院
さんじょういん

No. 69

嵐吹く三室の山のもみぢ葉は 龍田の川の錦なりけり
あらしふく みむろのやまの もみじばは たつたのかわの にしきなりけり
能因法師
のういんほうし

No. 70

寂しさに宿を立ち出でてながむれば いづくも同じ秋の夕暮れ
さびしさに やどをたちいでて ながむれば いずくもおなじ あきのゆうぐれ
良暹法師
りょうぜんほうし

No. 71

夕されば門田の稲葉訪れて 蘆のまろ屋に秋風ぞ吹く
ゆうされば かどたのいなば おとずれて あしのまろやに あきかぜぞふく
大納言経信
だいなごんつねのぶ

No. 72

音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖の濡れもこそすれ
おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ
祐子内親王家紀伊
ゆうしないしんのうけのきい

No. 73

高砂の尾の上の桜咲きにけり 外山の霞立たずもあらなむ
たかさごの おのえのさくら さきにけり とやまのかすみ たたずもあらなん
権中納言匡房
ごんちゅうなごんまさふさ

No. 74

憂かりける人を初瀬の山おろしよ 激しかれとは祈らぬものを
うかりける ひとをはつせの やまおろしよ はげしかれとは いのらぬものを
源俊頼朝臣
みなもとのとしよりあそん

No. 75

契りおきしさせもが露を命にて あはれ今年の秋もいぬめり
ちぎりおきし させもがつゆを いのちにて あわれことしの あきもいぬめり
藤原基俊
ふじわらのもととし

No. 76

わたの原漕ぎ出でて見れば久方の 雲居にまがふ沖つ白波
わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの くもいにまがう おきつしらなみ
法性寺入道前関白太政大臣
ほっしょうじにゅうどうさきのかんぱくだいじょうだいじん

No. 77

瀬をはやみ岩にせかるる滝川の われても末に逢はむとぞ思ふ
せをはやみ いわにせかるる たきがわの われてもすえに あわんとぞおもう
崇徳院
すとくいん

No. 78

淡路島通ふ千鳥の鳴く声に 幾夜寝覚めぬ須磨の関守
あわじしま かようちどりの なくこえに いくよねざめぬ すまのせきもり
源兼昌
みなもとのかねまさ

No. 79

秋風にたなびく雲の絶え間より 漏れ出づる月の影のさやけさ
あきかぜに たなびくくもの たえまより もれいずるつきの かげのさやけさ
左京大夫顕輔
さきょうのだいふあきすけ

No. 80

長からむ心も知らず黒髪の 乱れて今朝はものをこそ思へ
ながからん こころもしらず くろかみの みだれてけさは ものをこそおもえ
待賢門院堀河
たいけんもんいんのほりかわ